中国シェア自転車ビジネスが示す勝利の方程式

「ヒト・モノ・カネのリソース(資源)をいかに有効活用するか」がビジネスの勝利の方程式だ、と言われて久しい。
しかし、本格的なIoT時代に突入した今日、すべての企業は事業環境のノンリニアな変化に直面し、もはや正攻法の事業戦略だけでは勝者たりえないのではないだろうか。
例えば、デジタル化が進展する中で、企業とお客さまのコンタクトポイント(ブランド接点)がますます拡大する傾向にある。
企業にとっては、お客さまのお財布を、オンライン・オフラインのコンタクトポイントを一気通貫しながら、いかに押さえていくか、ということも極めて重要なポイントだろう。
そういう意味で、著者が出張先の中国・上海でたびたび目の当たりにすることとなった、シェア自転車ビジネス競争の顛末は、IoT時代の事業の成功モデルを考察する上で有益な示唆に富む。
生存競争を勝ち抜いたのは「オッフォ(Ofo)」と「モバイク(Mobike)」の2つの企業。
今回は、シェア自転車ビジネスの背景にある、決して偶然ではない、「必然的な勝利」の背景にある事実をレポートする。
今やシェア自転車で埋め尽くされる上海の路地
かつて租界時代には「魔都」とも呼ばれた上海。
過去・現在・近未来の3つの時代がひとつの空間に共存・並行する巨大都市。
上海の「近未来」を象徴する風景といえば、圧倒的な第1位は2〜3年前にサービスを開始したシェア自転車の洪水、そして第2位は、やはり同じ頃から街区のいたる所で存在感を主張することになった監視カメラネットワーク「天網(ティエンワン)」だろう。
中国におけるシェア自転車のビジネスについてだが、厳密に言えば、Airbnb(エアビーアンドビー)のような個人の遊休資産を有効活用するタイプのCtoC型のマッチングサービス(つまり狭義の意味での「シェアリングエコノミー」)ではない。
端的に表現するなら、それはスマートフォンのモバイル決済機能サービスを前提にした、レンタルサイクル運営会社主導によるBtoC型ビジネスである。

利用者は、まずシェア自転車の運営会社のアプリをスマートフォンにダウンロードし、100元から200元程度(約1700円から3400円)の保証金を支払うことで会員登録をする。
利用時は、会員登録した会社の自転車のカゴやサドルの下についている専用QRコードを、スマートフォンのカメラ機能を使って読み込むことで、自転車のロックが外れる仕組みになっている。
利用料金は時間制。1回30分の利用で1元(約17円)程度であり、極めてリーズナブルだ。
支払いもアプリのお財布機能を使う。
外出時にキャッシュを持たず、QRコードによるモバイル決済が常識の中国では、利用者が馴染みやすいサービスだと言える。
特に、慢性的な交通渋滞が深刻な上海では、自宅からオフィスまでの通勤の足として、このシェア自転車が良く利用されているようだ。
以下の、日本人旅行者によると思われるシェア自転車・モバイク体験動画は、このサービスの手軽さをよく表現しているように思う。
【参考】中国旅行 上海でモバイクmobikeシェアサイクル自転車に乗ってみた!
シェア自転車・戦国時代を勝利に導いたのは「モバイル決済ツール」の優劣
数十社の運営会社が群雄割拠したシェア自転車戦国時代は、わずか2年間という短期間で終わり、冒頭に述べたように事実上、オッフォとモバイクの2つの企業だけが勝ち残った。
中国政府の統計によると、すでに60を超えるシェア自転車の運営会社が、倒産もしくは行方不明になっているという(当然、保証金はお客さまに戻っていないという)。
つまり、オッフォとモバイクが他の60社を次々に駆逐し、空いたスペースを埋め続けてきたのである。
最近、筆者が宿泊した上海・淮海路近くのホテルの裏手は、古い公営住宅を撤去した広大な空き地になっていたのだが、部屋の窓からは倒産した運営会社のものと見られる大量のシェア自転車がうず高く積まれた「山」(「残骸」と呼ぶにはまだ真新しい)がいくつも見えた。
もちろん、使われている自転車自体には、ブランドごとの機能的な差別点はない。
それでは、勝者2社と敗者の六十数社の違いは何かと言えば、会員登録やシェア自転車の利用時に必要な「モバイル決済ツール」の優劣に他ならない。
オッフォのモバイル決済ツールは、かの名高い「支付宝(Alipay)」。モバイクのそれは「微信支付(WeChat Pay)」である。
言うまでもなく、支付宝はアリババ(阿里巴巴集団)が運営するネット通販サイト「タオバオ(淘宝網)」が、微信支付はテンセント(騰訊)が運営する中国版LINEと呼ばれる「WeChat」が、それぞれ背後にいる。(詳細については下図を参照)

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周知の通り、タオバオもWeChatも、ユーザーベース数億人とも言われる巨大なオンラインのユーザーコミュニティを抱えているのみならず、ネット通販やSNSの枠組みを超えた、企業グループ傘下の多様なサービスによってアクティブユーザーを増やし続けている。
サービス同質化の中で生き残るため、決済手段が差別化の最大のドライバーに
いささか穿った見方をすれば、上海のような中国の巨大都市で起きていたシェア自転車戦争の実態は、サービスの同質化が想定される視界不良な事業環境の下での、「モバイル決済サービス同士の利便性や汎用性の戦い」であったと解釈することもできるではないだろうか。
ネット通販やSNSを起点としながら、お客さまに対して、電気や水道などの生活インフラ、エンターテインメント、グルメ、金融・保険など生活にまつわるさまざまなサービスを提供することによって、「ライフデザイン」という大きな網で囲い込むか。
そして、さらには企業とお客さまがデータを媒介にして繋がり続けることで、お客さまのアプリやPCサイトの利用状況、移動に関する情報、趣味嗜好など購買に関係するさまざまな行動データを吸い上げ、ビッグデータとしていかに戦略的に運用していくのか。
こうして考えていくと、事業採算性がそれほど高くないと推察されるシェア自転車ビジネスは、それを運営するアリババ集団やテンセントにとっては、「ライフデザイン企業」としての自社の成長戦略を描く上での(いくつかある)「橋頭堡のひとつ」に過ぎないことが透けて見えるようだ。
事実、この原稿を書いている2018年4月5日(木)の日本経済新聞(朝刊)には、テンセント系列でインターネット出前・レストラン検索大手の「美団外売」がモバイクを完全子会社にする形で買収するという、ホットな記事が掲載されている。
【参考】テンセント、新サービスでアリババと火花
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO28996690U8A400C1FFE000/
運営会社のテンセントが、ネット出前とシェア自転車のサービスをレバレッジさせることで、お客さまにどんなサービスを提供しようと目論んでいるか、また、それによっていかに自陣営のモバイル決済サービス「微信支付」の付加価値を高めようとしているかは明白であろう。

翻って、日本の企業はどうか。
携帯電話キャリア、ケーブルテレビ会社や保険会社など、業界の垣根を超えて企業の次の「なりわい」として「ライフデザイン」を標榜している企業が多い。
お客さまと企業の間のコンタクトポイント(ブランド接点)の中で、何が最も重要なのか。
お客さま主語でのサービスメニューの充実が最優先事項であることは否定しないが、肝心の決済ツールの利便性や汎用性の課題を後回しにしてしまうと、意外に早いタイミングで敗者の憂き目にあうリスクが高いことは、中国のシェア自転車戦争の顛末が示唆してくれているように思う。
オッフォとモバイクの必然の勝利と、今後も続くであろうアリババとテンセントの覇権争いの背景から日本企業が学ぶべき点は実に多い。
IoT Today
http://iottoday.jp/